これは処分してもいいかなと思うものたち
前回の記事で、より持ち物や生活をコンパクトにしたい、という話をしました。
2011年からほぼ毎年引っ越しをしており、2016年くらいから本格的にものの絶対量削減に取り組みました。
そのため、今までの引っ越し前だったら吟味することもないようないらないものがかなりあり、とにかくものを捨てなくてはいけなかったのですが、今回はキッチンを見ても洋服を見ても靴箱を見ても書籍を見ても書類を見ても、即不用品と判断できるものがほとんどありません。
これだけでもかなり快挙だなと。
今までのようなものの量で、散らかった部屋の中で暮らしていたら、きっと今以上にここから出るということがしんどい作業になったことでしょう。
その中で、「これは処分してもいいのかな…」と思うものをここに挙げて整理してみることにします。
ガラケー→スマホを所有する前最後に使用していたガラケーです。データはまだ見えるので、思い出いろいろ…と思って持っています。ただ、見返したのがガチの断捨離に取り組んでいたころ。もういいかな…と思っています。
タブレット→もらいものです。あまり使ってない…。古いので重たいのと、スマホかPCで済ませてしまうんですよね。 今のところ。
海外限定スタバマグ→スタバグッズ、以前集めていたんです。神戸東京長野あとどこだったっけ?名古屋?のご当地タンブラーとか、シーズンごとのステタンなど、6本くらい持っていたと思います。そのあたりは、全部処分しました。
唯一残ったのが、以前住んでいた海外の都市限定のマグです。
大好きな街だったので、思い出が欲しくて…お国グッズはいくつか購入しました。
でも一年過ぎると、一種のロゴものですし、質とか使い勝手とかデザインの好みを考えるとスタバよりウェッジウッドのアレクサンドラとかのマグが欲しいなとか思ったりして。
マグカップは、職場用にしてもいいかもしれません。
おふだ→初詣でもらって、なんとなく持っていますが、もういいかな、と思います。
エスパドリーユ→夏一杯履きました。
ゴルフグッズ→これは迷います…あってもいいんですけど、夫のような熱量で取り組めないということと、とにかく場所とるんですよねぇ。共通の趣味としては、貴重なのですが、いかんせんわたしはやる気がなく身体的な適性もなく、まったく上達しません。。。
連絡先等→これは精神的なものですが、デジタルのデータも徐々に断捨離したいのです。
ぱっと浮かんだのが、こんな感じです。ガラケーとおふだは、もう決心がついてるので処分しようと思います。
ほんと少なくなったなぁ(自己マン)。
この時のためにわたしはミニマリストを目指したのか?と思った話。
不測の事態発生。
夫が転職しようとしております。もうすでに動いています。
まったく予兆がなかったわけではないですが、待遇等検討して総合的に今と同等以上となるとすぐに見つかるものでもなく、なんだかんだ結局はこの会社に長らくお世話になるのかな、なんて思っていました。
しかし、彼の決意は固いようです。本気で転職先を探して待遇についても交渉しようとしているようです。
そして、再就職する前に、彼は世界一周しようとしています。
60日で。私も一緒に。
世界一周について彼は前々からしたいしたいと言っていたので、航空会社のマイルもコツコツと貯めているのは知ってました。わたしも旅行は好きですし、なかなかできない体験ですから行きたいです。
でも、こんなに早くその可能性が出てくると思わなかった。
夫の転職と、世界一周。
これによりわたしにとってもすぐに影響が出てくることが大きく2つあります。
引っ越しと仕事です。
日本企業の福利厚生に甘える現状。
いま我が家は1年半ほど前からの社宅住まいです。そのため家賃は居住エリアと広さと築年数で比較すると相場の1/3程度でしょうか。古さやご近所すべて同じ企業の人というプレッシャーで常に人の目がある感覚を覚え時折発狂することはありましたが、エリア自体は気に入っていましたし職場も近いので便利でした。
しかし社宅なので、退職したら当然退去しなくてはいけません。
引っ越し先の決定、荷物の取捨選択と梱包、あ、世界一周をはさむのであれば倉庫をレンタルするのかもしれませんよね。
引っ越しって、なんだかんだ大変だしお金もかかります。今回なんか自己都合なので全額実費負担ですから、まあ自分たちでできることはやろうという方向になるでしょうね。今までの引っ越しはほとんどが会社都合の引っ越しで、会社が負担してくれていましたから。お金も労力も今まで以上かかるかもしれません。
わたしは、22歳から同じ家に2年半以上住んでいません。独身時代は自分の仕事の都合で引っ越し、結婚後は即夫の仕事の都合で引っ越し。海外引っ越しも一度やりました。
夫も似たような状況です。今のところだいぶ引っ越し人生です。
もともとわたしは整理整頓や掃除がとっっっても苦手。夫もめっっっちゃ苦手でした。
そんな夫婦だから、部屋が汚くても気にしない。いや本当は気になるけど、アクションを起こすのがめんどくさい。
外での活動に忙しすぎて、疲れ果てて家で何かする気力が残っていませんでした。
社宅に引っ越すことが決まってからです、真人間としてきれいな家で生きなければ!と思ったのは。
世間体もありますし、引っ越さなければならなくなったり、災害が起きたりしたときに対処しやすい家にしようと決意しました。
そこから、捨てて捨てて捨てて、吟味して吟味して新しいものを入れて、片付けやすい家を目指してここ1年以上奮闘し続けました。
効果は相当出たと思います。きちんと管理できる量しかものは持たなくなりましたし、安物買いの銭失いも、高級品の銭失いも大嫌いになりました。掃除も以前と比べたらする頻度が格段に上がっていると思います。
この日のために、わたしは1年半奮闘したのかと思ってしまいました。苦笑
いくら断捨離をしておいたとはいえ、イザ引っ越しとなるとさらに処分するものが出てきますからね…カーテンとか気に入ってたんですけどね(´・ω・)カーテンや床の色に合わせて家具揃えてましたから。
まぁでも、やることや決めることで大変だけど引っ越しはたとえ実費で自分たちでやる作業が増えても、あのカオスな家の時代と比べたら、マシといえばマシでしょうか…?
仕事については…わたしはフルタイムよりは少しだけ少ない勤務時間で週5で働いています。ワークライフバランス的にはわたしにはこのくらいかもう少し少ないくらいがちょうど良い。自分でガツガツ働いて稼ぐ部屋に星を持たず、8室太陽、MCに月カルミネートの女です。ついでに胃弱。
仕事とそれ以外の色んな要素を欲張りに両立する、現代的な女性の生き方はおおよそ諦めています。
まあそんなこんなで基本的に忙しくなく、雑談できる先輩もいて、家からも近いという今の職場は嫌ではないのです。わたしは独身時代ことごとくといっていいほど仕事運がなく…というかやる気も常識も乏しいのが一番の原因だったんですが…
バリバリ働くタチでもないのに、自分がよくわかっておらず、一番向いていないことを一生懸命やって見事に撃沈し、周りに迷惑をかける仕事ぶりでした。
世帯収入からしたら微々たる額ですが、自分の意思でお小遣いにしたり貯金したりするのはいいものです。環境を考えると辞めるのがもったいないな。。。
でもいくら暇〜なゆるい職場でも、無給休暇でも、2ヶ月も穴を空けて他の人に代わりを頼むなんてねえ。まあ辞めないといけないだろな(´・ω・)
働いているところに辞めますって言うのが昔からとても苦手です。
言うまでになんて言おうか、いつ言おうか…とすごく葛藤して、胃を痛めます。
そんな理由もあって、期間が決まっていて働きたいときだけ働ける短期の派遣バイトが一番気楽で好きでしたねぇ。
シンプルに、わたし(たち)は何をしたいのか、どうしたいのか、そしてどういう形であれば職場の人の迷惑や負担を最小限にできるのか。を、考えて伝えるほかないですね。うーん自分から切り出すの、苦手です…。
そんな感じで、夫の動きにより早い段階で訪れる可能性が高い影響について、うだうだ書いてみました。
今日は胃が痛くて眠れません笑
やっぱり胃が弱い。夫よ、あまりわたしの胃をいじめないで…。
これを書き終わったら、日が昇るまでのしばしの間、少しでも眠れたら…。
アーティストの追っかけ
先日ライブに行って、長年大好きなアーティストだったこともありとても楽しかったんですが、あえてお金の観点から思ったことを書こうかなと。夢がない話ですけど、まあそういうブログなんで(^^;)
楽しい思い出プライスレスとはいえど、アーティストものめり込むと結構、だいぶお金かかりますね。
わたしは今回のツアーは3公演行くつもりです。チケットさえ取れれば、日帰りできる近郊で5公演行くつもりでした。
チケット代だけで約25000円。
ライブ中使う演出グッズのセット(!)も買いました。服がセットに入ってない安いほうのセットだけど、8000円もしました。いい商売よね。
交通費は幸いどこも近郊なので、そこまでかからないかな。
で、追加公演もチケットが取れたら行く気マンマンです。
大好きだけど遠征をする気はないし、ファンクラブも入っていないし、CDとかDVDとかも長いこと買っていない、ライブでも基本グッズは買わない(みんな使うような応援グッズだけはその場で楽しむため買いますが)、好きなとき好きな形でしか応援しないやつなので、決してありがたいファンではないですね。
それでもこのくらいかかってる。
気合い入れてお目当ての行く先々に現れる追っかけさん、年間いくら注ぎ込んでいるのでしょうか。。
交通費や宿泊費がすごそう。グッズが高額なアーティストだとそれもすごそうだし、一部のアイドルだったら握手券とか投票券とか……
外野から見たらなんでそんな金かけるのよって感じなんですが、その中に入ってみると価値観が独特なんですよねー。お金かけてるほうがえらい、たくさん追いかけてるほうが優れたファンという空気を感じます。外部からだとやっぱり頭おかしいやろって感じだとは思うんですけど。。
ホスト、キャバクラと同じですよね。たくさん貢いでる人がえらい世界で…そのぶんいいものたくさん見せてもらってるんですけど、自分の懐の限度を超えちゃって、生活に支障をきたしてしまったら…ね。
わたしも中学ぐらいの頃ですが、お小遣いのほぼすべてを好きなアーティストに費やしていた時期がありました。
わたしの世代的には渋すぎるチョイスだったため、趣味に共感してくれる友人もなく、1人で突っ走っていました。
身なりにあまり気を遣える余裕がなく、服装とかもださくて、もっさりしてました。
その人を見てると、嫌なことももっさりした自分も忘れて陶酔してたんですよね。
もうそういうのはやだな…と思うので、使えるお金に限りがある身分としては、ある程度距離を保って楽しみたいと思います。何でもかんでも追っかけない、行けないこと買えないことを悔しがりすぎない、線引きも必要だなと。
そしてライブに参加できるときは貪欲に楽しみたいです。シャイだからね…楽しみ上手になりたいです。
【個人的見解】散財の原因要素3つ
収入に見合ったお金の使い方ができないことが多い人生を送ってきました。
今もとても苦手で日々研究と後悔と言い訳と反省を繰り返しています。
幸い、ハイブランドを何が何でも買いたい!というほど物欲はなかったため、買い物で借金数百万こさえたりとかはなかったのですが、それでも収支が狂い続けて、もう少し小さい規模の借金はありましたし、みんなみたいにきちんとできない…といつも後ろめたい気持ちになっていました。
そもそもなんでこんなに苦手かって、算数ができなかったんですよ。笑
数字の感覚がない。ほしいか、ほしくないか、高いか安いか、みたいな感覚しかなくて、これを買ったら残金はいくらで、そしたらほかのことに使えるのはこのくらいで、という考えが頭でざっくりとも考えられなければ、書き出すことすら嫌いという。
お金は使ったらどこかから(イメージ的には、架空の「おじいちゃま、おばあちゃま」みたいな存在から。実在の祖父母ではなく…)降ってくると思っていました。いまでもなぜかそう思っているところがあります。
お嬢様ならよかったんですよ、いやほんと。。。
なぜこれだけ実家が貧乏だったのに、ナチュラルボーンお嬢気質なのか。
自分でも長年の謎です。
ただひょっとしたらヒントになるかもと思ったのが、わたしは母が跡継ぎのため母方の名字で母の実家で生まれ育ったのですが、ホロスコープによると父方の影響が強いらしいのです。
父方は今は縮小したと言っていますが、昔から裕福な家系なのです。父が貧乏な田舎の家に飛び込んで婿入りした異色というか、変わり者なんですよね。
その影響が強いので、いくら貧乏臭い生活を強いられても、なぜか頭の中だけお嬢だった。もうそう説明するしかありません…。
弟とかは全然違うので(彼は昔から貯金や買い物が上手。仕事も運よくいいポジションを与えられる、みたいな自力での財運と仕事運の強さがあります)そのあたりは生まれ持った気質だと思います。
それと同じくらい散財に関わる原因は、わたしはコンプレックスと体調不良だと思っています。
わたしのコンプレックスは、貧乏臭いことやダサいこと、不細工なこと、コミュニケーション下手に対して強く出ていたと思います。
生まれてからすぐ影響があるナチュラルボーン(この単語好きです)の月が獅子座。その次がおしゃべり大好き双子座。そして思春期はみんなと一緒がいい、恋愛体質(になりたい)、ミーハー金星蟹座。
これらが求める欲求があまり解消されずにきてしまい、それがコンプレックスとなって無計画な買い物につながっていた。と星のせいにしてみる。笑
実家は、別にダサいのが美徳というわけではないと思いますが、みんないろいろなことに我慢に我慢を重ねもう麻痺しているように見えました。でもそれが当たり前という感じでした。
子供のころはすでに平成でしたが、まだ「おしん」の明治時代ぐらいで思考が止まっているような、そんな家庭でした。
頑張っても楽にならない、物質的に報われないしここから状況が上向きになる見込みもない。家族仲も良いとは言えない。
ならばそこで消耗せずに別の道を、どこか抜け道を探そう、と方向転換が最大の解決策だと思っているのは、わたしが貧乏とはいいつつも物質的に恵まれた現代日本で生まれ育った双子座人間だからかもしれません。
「住居移動の自由」「職業選択の自由」を日本国民の権利としてもらっていても、その権利を行使するという思考がないのか、罪悪感があるのか、決してそこから動こうとしませんでした。
女系、というか祖母と、その教えを受け続けた母がその傾向が強いようです。
なんだかわたしだけ軽薄なようですが、周りがバブル(が田舎に影響があったのかはわかりませんが、少なくとも今よりもよっぽど地方経済は回っていました)な若夫婦とその子供、という世代。新しいもの好きの地域性により、いつまでも明治な我が家はなんとなく浮いた存在だったのが子供のわたしにも感じられました。
「みんなが持っているものを持ってない」「服がださい」といった物質的なコンプレックス、うちは家族がどちらかというと不仲なのに「わが子が大好き!」「親が大好き!」と声高に叫ぶ仲良し親子へのコンプレックス、そこから歳をとると「もてない、彼氏が出来ない」「恋愛スイッチがない」とか異性コンプレックスまで発症してしまいました。
もう少しいろんな人種がいたら、いろいろ考えがあるよねと多少は理解できたかもしれませんが、なんといっても人が少ない。入れ替わりもない。自分が変だ、自分の家が変だと必要以上に思い込んでしまっていました。
そこから、お金を使うことや周りと同じようにすること、それどころか周りより少し抜きんでることに対して妙な執着心を覚えてしまい、被服費やら化粧品やら…無駄に買っていました。
理想は(当時の)雑誌モデルの部屋のようにずらりと服や靴、化粧品などがずらりと並んだ空間。
お金なかったくせに、使い切れないくらいの量は持っていましたが、「わたしはこれっぽっちしか持っていない」と思っていました。
また、残るもの以上に浪費が今でも多いのが消え物、とくに食べ物です。
わたしは昔からすごく疲れやすく、とくに外でいい顔して忙しく予定をつめていた時代は、帰ってくるともうぐったりしてなにもできませんでした。
外食や、中食でも惣菜やコンビニフード、缶のお酒など、ついついめんどくさくてそういうものを買いまくっていました。お酒はたまに買うくらいですが、コンビニやお総菜コーナーは今でもつい頼ってしまってます。
食べ物と飲み代だけでお給料が飛ぶこともしばしば。そのほかの楽しみにまったくお金をかけられない、でも疲れすぎて、めんどくさくて、もう何もしたくない…という悪循環をつい起こしてしまいます。
わたしのような疲れやすくめんどくさがりな人間は、外での飲みや遊びなどの楽しみも、外での仕事などの大変なことも、ほどほどにしないと家庭内部がめちゃくちゃに混乱してしまうんですよね。
どんどん家にいるのが嫌になり、どんどん荒れていきました。片づけに手をつけるのも嫌で、家に何があるかもわからなくて、無駄にいろいろ買ってましたしね。
そして自分に自信もなくなるという。異常に卑屈でした。
家を整え、冷静に目利きし、リッチブックを作るだけの余裕は、余裕ができたときではなくはじめからそれも予定にいれて行動します。
家のことをきちんと考えて動けるだけ、時間と体力を余らせるようにしてます。
それでも充電切れになりがちなので、情けないんですが…。
まぁそれでも家が日常的に荒れ果てず、ちゃちゃっと片づけ、掃除、洗濯すれば短時間ですぐ整う状態にはなっているので、断捨離のおかげでこんなわたしでも家を維持できていると思います。
ミニマリストになることはわたしのようなコンプレックスだらけでプライドが高い、そのくせ能力が低く生活力がなく体力もないという、ダメ人間が真人間ぽくふるまうための、至上最強の救済措置だと切実に思っています…。
ミニマリスト、なのにマキシマイズする自己顕示欲
妙に感じた違和感。
注意:毒っぽいことを書きます。
なんとなくネット上を徘徊して、ミニマリストブログをいろいろ見ました。
考え方が好きな人もいれば、なんか違和感を感じずにはいられなかったり。。。
ミニマリストを商売化すると、妙な方向に行く人、多いんじゃないか?と自分のこと差し置いて感じてしまいます。
お金持ちやセンスのいい人はたくさんいますから持つことでは満足できなかった自己顕示欲を満たし、「一旗揚げてやるぞ」感がすごいと感じられる人が中にはいます。
ミニマルなはずなのに、どやあぁとされると、なんかちゃうやろって感じで…。
モノを人より減らしたことで、かえって眠っていた自己顕示欲が肥大してしまったように見えます。
個人的には、ぜんぜん魅力的じゃない…苦手だ…と感じてしまいます。
そして、「ママ友」「幼稚園」「子供の教育」というものは自意識と競争と偽りの笑顔にあふれた、とても怖いものだな、という感想がつい浮かんでしまうのです。。。
そういう立場になった時に、気にしないでいられる自信がありません。
必死に自分の居場所を守ろうとする奴だと思います。
見かけによらず?根が気が弱いもので、人知れず胃が痛くなる人生を送ってきました。
マインドから変えたい、ということと、胃を痛めずに済む生活を、と思っています。
若く常識がない状態で、語気の荒い方、声の大きい方にふつうはこうだから!などと言われたら、わたしの性格上違和感を感じても必死に合わせて、そして徐々に消耗して、家庭が荒れ果てていくのが見えます。
少なくとも若いママになるのは向いていません。ママになることそのものが向いていない可能性も高いです。
話が脱線しまくりですが、そうやって比べたり比べられたり、嫌味を言ったり言われたり、陰口をたたいたりたたかれたりする中で、
いわゆる今までのステレオタイプのいい主婦像、家庭像を上手に作れない、あるいはそういうものが苦しく感じる人が、全く別のベクトルから起死回生を狙うという目論見があるのでしょうか。
あ、わたしはそういうところあります笑
基本的に「主婦としてダメ」どころか「社会から求められる理想的な現代日本人としてダメ」なんだと思います。
よく気が利く、勤勉、流行好きで消費意欲も強く経済を回してくれる、ワーキングマザーでバリバリ頑張る、おしゃれも頑張る、キャラ弁、インスタ映えごはんetc
そういうのがまるでダメです。
それでも、人並みにきちんと生きていけたら…という切実な思いから、モノなどを捨ててわたしでも管理・把握・掃除できる量まで減らしてきています。
そして、できるだけその過程で、人と比べたりだとかドヤ顔で自慢してしまうしんどい考え方も手放したいと思っています。
捨てることで、逆に自意識や競争意識が増えるのであれば、なんだか効果も半減だな…と感じてしまいます。
こうしてブログに書くこと自体が自意識と競争意識の塊といえば、そうなのかもしれませんよね。
人間ってかなり欲深いなぁ。。。となんかしみじみしてしまいました。
これで一旗揚げるとかは考えません。
個人的に正直さと素直さ、正直であるという点に対する誠実さがある読み物が好きです。文章の上手い下手以前に、その方の本音が見えると安心しますし、そういうものを書きたいと思っています。
本音を隠そう隠そうとするよりも、あけすけでも平気なくらい自意識を飛ばしてしまいたいし、内面を磨きたいです。
それが何かの役に立てれば一番いいと思いますが、あくまで自己満ですね。
弱い胃が教えてくれたこと
わたしは身体が強い方では…ないですね。
昔から胃が弱いことが生きる上でネックになっています。
悲しいことやしんどいことがあったとき、メンタルよりも胃がやられます。
すぐ胃の調子が悪くなるので、周りからはメンタルが弱い人だと思われているかもしれません。
少しでも無理をするとすぐ胃が悲鳴をあげます。
周りからはなまけものだと思われているかもしれません。
かつて、今以上に身も心もよくばりでした。
欲しいものはすべて手に入れる!が(主に女性誌界隈で?)美徳。
わたし、田舎者だったからかおしゃれな人=ギャル、派手みたいな認識で。
そしておしゃれなものや人の情報は85%雑誌からだったんですよ。
高校生の頃なんかは、女子大生読モブームだったのか、JJ bisを筆頭に有名な大学生が雑誌を飾っていました。
有名大学に通う華やかな女子大生たちに憧れました。頭が良くて美人でおしゃれなんてかっこいい、人生謳歌してるって感じがしました。
なぜか読モになりたいとまで思ってました。引っ込み思案のくせに。
勉強を頑張って東京に行くモチベーションにしていました。
それはそれでほほえましいですけど、影響されすぎて、自分の境遇や持っていないものをひどく嘆く時期がだいぶ長く続きました。少なくとも独身時代はずっとそうでした。
華やかさ、女性らしさに憧れながら、わたしは身の回りの基本的なことがきちんとできない、だらしない女でした。
ほんとにおしゃれかどうかはとりあえず置いておいて、華やかな?派手な?服で自分なりにおしゃれに着飾る一方、家にはコーデを組んだり化粧したりコテで髪を巻いたりスタイリング剤をつけたりした残骸が放置されているのが常態化してました。
夜更かししたり、お酒をガンガン飲み歩いたりして、翌朝ぐったり、起きれない…
遅刻はしょっちゅう、準備もそこそこ、自炊なんてめったにしない、常にお金はなく、常に疲れていました。
洗濯や掃除が滞り、あの春香クリスティーンさんの家を馬鹿にできないほど、散らかり汚くなってました。
それでも生活そのものを改めることはせず、うまく回っていないのに無理やり押し切り続けました。
なんでわたしは人並みのことができないんだろう、なんでわたしは計画性がないんだろう、なんでわたしはだめなんだろう。。。と思いながら。
ベロベロに疲れながらも、元気がいい友達グループにひっぱられ次の日が仕事でもよくオールしてました。誘いを断るということを知らないのです。
いまだからカミングアウトすると、お金が足りなくて副業バイトをしてた時期もあります。
そんな生活だから仕事にも集中できなくて、よく怒られていました。自己管理ができていませんでした。
それでも、「ガンガン仕事して、がっつり遊んで、謳歌してる私!」を大事に思っていました。
わたしがこのままではいけないと思うようになったのは、結婚して人間ドックを受け、胃の状態の悪さを知ってからです。
独身の頃は当時の勤務先規定の健康診断では若年者はバリウムまでやらないため、よく胃は痛くなっていましたが放置していました。
こんなに身体が傷ついていたんだ…と思うと、生活を改めなくてはいけないと思いました。
「できるだけ胃が痛くならない生活」
↑今でもそれは大きなモチベーションというかテーマです。
家が散らかっているから、人が家に来るとなると死ぬほど焦ります。
何かが必要になったときすぐ出てこないとどうしおおおおぉと焦ります。
なぜかいつも締切ギリギリにならないと行動できず焦ります。
予定をつめすぎると、こなせなくて心も身体も疲弊します。
汚部屋の住人だという後ろめたさから、気持ちが暗くなります。
そういうことで、胃を痛めないようにしたいのです。
結婚してからは、わたしひとりでなく夫までそういう目で見られてしまうのはイケナイと余計に思うようになりました。わたしのだらしなさで夫の評判まで下げるわけにはいかない!と。気づかずに下げているところはあっても、せめて責任意識は持っていたいです。
そして、胃の状態を見たことで、わたしはなんでも手に入れられる、欲張りできるパワフルな器じゃないことを自覚しました。
そして省エネモードへ
管理できないなら、管理できる量までモノを減らす。
ガンガン働いて稼ぐのが苦手なら、使うお金の額を減らす。
どうしても欲しいものがあった時に蓄えで手に入れられるよう、見栄、無理、無駄な買い物を避ける。
交際費と人間関係に悩むくらいなら、幅広い交友関係はいらない。たまにでいい。
料理が苦手でも、「映える料理」とか「ウケる料理」とか考えないで、素材そのまま料理でいいから作る。できるだけ旬の物を選べば安くておいしいんだから、ゆでたり焼いたり塩ふったりだけでもいいじゃないか、と自分を許す。
できない後ろめたさを持たないように、家事するだけの気力体力が残るよう外での活動で消耗しきらない。片付けしやすい家の仕組みを作っておく。
こうして省エネモードに突入していきました。
日々改善点はどんどん出てきますが、昔と比べると人生の混乱は格段に起きにくくなったと思います。
水道水チャレンジ
わたしはミネラルウォーター信者です。
出身は水がきれいな田舎、水道水を飲むことは全く抵抗がありませんでした。
しかし10数年前、宿泊ホテルで飲んだ東京の水がほこりっぽく感じられ、それ以来田舎以外ではミネラルウォーターを買いまくっていました。
ジュースも(急須などで煎れたものでない)市販のお茶もそれほど興味がないのですが、水だけは別。きれいなおいしい水こそが健康に役立つと信じて疑いませんでした。
でも実際どうなんだろうと思って。そこまでペットボトルの市販の水にこだわる必要はないのかもしれません。
ミニマリストの有名ブロガー森秋子さんのブログを読んでいて、水道水をキンキンに冷やして飲むのでもいいんじゃないかと思うようになりました。
わたしはお酒などを飲むのは週1、2回程度ですが、水は毎日、最低2本は買ってると思います。家の買い置きの2リットルボトル以外にです。
250円*30日だとすると月7500円。そんだけあったらなんかできるだろうなと思います。
1か月浮いたら、すき焼きランチができるよなぁ…(先日お祝いで行って、おいしかったのです)。ホテルの気持ちの良い空間でアフターヌーンティーもできる。
3か月浮いたらメイソンピアソンのブラシも買える。
別に欲しいものがなかったらどんどんリッチブックづくりに使えばいいしね。
月に1万円以下だとしても、1000円でも、これがないと死ぬと感じる、半固定費みたいなものはあまりないに越したことはないと最近思います。モノの奴隷になりたくないな…と。なんだかそういうことに疲れてきました。
もし大幅に肌荒れなど起こしたら、ミネラルウォーターに戻しますが、徐々に涼しくなってきた今こそ、水道水チャレンジをやってみます。なんだか開放感があり楽しみです。